母の思い
沖縄県糸満市にある 「ひめゆりの塔」
鹿児島県川辺郡知覧町にある 「知覧特攻平和会館」
に、かつて行ったことがあるが、その時に全身で感じた感覚を忘れることができない。
遺書や遺品に囲まれ、一瞬自分が戦地にいるかのような錯覚を、今でも私は忘れない。
その時、意味を教えてもらって、それ以来決して使えない言葉がある。
『必死』 ・・・ 必ず死にます
その思いで、多くの若者が飛び立っていったそうだ。
最後は必ず、みな「お母さ~ん」と叫ぶそうだ。
その時、思った。
人はみな、母から生まれる。
そして最後、母に戻るのだ。
だから最後、母を求めて叫ぶのかもしれない。
人は環境で育つ。
温もりにあふれた母のもとで、全ての子どもが育ってほしい。
女性が、温もりにあふれた母となれるよう、男性は女性を支えてほしい。
この時代の母は、どのような思いで子を育てたのだろう。
そう思わざるをえない、凛としたこの子どもの立ち姿を、私の脳裏は忘れない。
しっかりと伸びた指先に、この子の母の思いを見た気がする。
みなにもう一度、そんな思いに立ち戻ってほしい。
どんな人も、母から生まれる。
生まれたときは、どんな人も、愛の人に違いない。
環境が人を育てる。
一日もはやく、愛に溢れた世界に、私はします!
「焼き場に立つ少年」 1945年 長崎
撮影 ジョー・オダネル


葉っぱさんおはよう
゙必死゙とはそんな意味があったんですね!
本当に中途半端な気持ちでは、その言葉を言えませんよね!
目が覚めるいい記事でした。
P.S僕は保育園の頃、生みの親を事故で亡くしました
投稿: なお | 2008年8月15日 (金) 05時50分
なおさん♪
心の声をありがとう。
胸があつくなるP.S 本当にありがとう。
次の記事は、なおさんへのプレゼントね。
投稿: 葉っぱ | 2008年8月15日 (金) 10時41分